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東京地方裁判所 平成6年(ワ)7790号 判決 1996年3月06日

本訴原告・反訴被告

渡邉秀和

本訴被告

亀井謙一郎

本訴被告・反訴原告

株式会社ボルタツク

主文

一  本訴被告らは、連帯して、本訴原告(反訴被告)に対し、八一五万三八一五円及びこれに対する平成元年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)株式会社ボルタツクに対し八万九一七四円及びこれに対する平成元年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)及び反訴原告(本訴被告)株式会社ボルタツクのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を本訴被告らの、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

本訴被告らは、連帯して、本訴原告に対し、一九八一万一四六三円及びこれに対する平成元年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

反訴被告は、反訴原告に対し、一一万三九一三円及びこれに対する平成元年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認定し得る事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成元年七月二四日午後四時一〇分ころ

(二) 場所 東京都北区中十条四丁目四番三号先路上

(三) 加害車 本訴被告・反訴原告株式会社ボルタツク(以下、単に「被告会社」という。)が所有・保有し、本訴被告亀井謙一郎(以下「被告亀井」という。)が運転する普通乗用車

(四) 被害車 本訴原告・反訴被告(以下、単に「原告」という。)が運転する自動二輪車

(五) 事故態様 加害車が前記道路の歩道寄りの車線(以下「第一車線」という。)及び中央寄りの車線(以下「第二車線」という。)がいずれも渋滞のため停止した状態にあり、被害車が同道路の第一、第二車線上にそれぞれ停止中の車両の間を通り抜けて、加害車の右後方から加害車の右側を通過しようとしたところ、被告亀井が右側運転席ドアを開けたために被害車がこれと衝突し、その反動で、被害車はさらに右前方の第二車線上に停止していた普通貨物車(以下「訴外車」という。)の左側面に衝突して転倒した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の結果と原告の受傷状況

原告は、本件事故により、左膝蓋骨開放性骨折、左大腿骨外顆部骨折、左膝関節部挫創、両下腿骨骨折の傷害を受け(甲二ないし一〇)、入院五八日(もんま整形外科に平成元年七月二四日から九月一五日まで及び平成二年八月一三日から同月一六日まで。甲七、一〇)、通院実日数五九日(通院期間は平成元年九月一六日から平成三年四月三日まで。もんま整形外科には平成元年九月一六日から平成三年四月三日までの少なくとも五七日間(甲七、八、一〇)、今井病院には平成二年八月一七日から二五日までの少なくとも二日間(甲九)と認める。)を要する治療を余儀なくされた。そして、原告には、前記受傷により、左膝の痛み、感覚の麻痺、跂行の発症等の後遺症が残存したが(症状固定日は平成三年四月三日。甲一〇)、左膝の頑固な神経症状の後遺症につき、自賠責保険の後遺障害認定手続において一二級一二号に該当するとの判断を受けた(甲二三)。

3  被告亀井の過失責任

本件事故は、被告亀井が右後方から進行してくる車両の有無等安全を確認することなく右側運転席ドアを開けたために発生したものである。

4  原告の損害

原告の損害のうち、治療費二四〇万五一八五円、入院雑費六万九六〇〇円、休業損害三八万二八七二円、物損二六万円は争いがない。

5  損害の填補

原告は、被告会社から、治療費として二四〇万五一八五円を受領した。

二  争点

1  原告の過失責任(過失相殺)

(一) 被告の主張

原告は、道路の左側に寄つて走行しなければならないのに、渋滞車両間である第一、第二車線の間を制限速度である時速五〇キロメートルを越える速度で走行し、かつ前方を注視していなかつた過失がある。

(二) 原告の主張

原告は、本件事故現場に差しかかる際、時速約三〇キロメートルで走行していたのを時速約二〇キロメートルに落としている。

2  損害額の算定

(一) 原告の損害

(1) 文書料 四〇六〇円

(2) 交通費 三万〇三六〇円

(3) 医師、看護婦への謝礼 四四五六円

(4) 後遺障害による逸失利益 一四〇二万八六三二円

基礎収入を平成六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子全年齢平均賃金である五五七万二八〇〇円とし、労働能力喪失率一四パーセント、就労可能年数である四七年のライプニツツ係数を一七・九八一とすると、以下のとおりである。

五五七万二八〇〇円×〇・一四×一七・九八一=一四〇二万八六三二円

(5) 入通院慰謝料 二〇〇万円

(6) 後遺症慰謝料 三五〇万円

(7) 弁護士費用 一八〇万円

(二) 被告会社の損害

(1) 加害車の修理代金 一二万〇七八一円

(2) 加害車の休車損 三万円

(3) 訴外車損傷に対する損害賠償金 一三万四〇〇三円

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様及び原告の過失責任

1  本件事故態様について

甲一一の1、2、一二、一三、一四の1、2、一五の1ないし3、一六、一七、二九、三五ないし三七、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、板橋方面と西新井方面とを結ぶ、片側二車線の通称環状七号線の西新井方面に向かう車線内(以下「本件道路」という。)である。本件道路の第一車線の幅員は三・八メートル、第二車線のそれは四・二メートルであり、駐車禁止、時速四〇キロメートルの速度規制がなされている。

本件事故当時天候は晴れで、本件道路の本件事故現場付近は、第一、第二車線ともに、西新井方面側にあつた駐車車両の存在等により、車両が渋滞しており、本件事故発生時は、現場付近の車両は停止した状態で車両が流れるのを待機している状況にあつた。

(二) 被告亀井は、加害車を運転して、被告会社の工場から本社に帰るために本件道路を走行していたが、本件事故現場付近で渋滞のために停止していた状況にあつたところ、運転席のドアが半開きの状態にあつたのでこれを閉めなおそうと思い、ドアミラーで右後方の状況を確認した上でドアを開けたところ、同方向から直進してきた被害車と衝突し、被害車と原告は、その弾みで訴外車の左側面に衝突して転倒するに至つた。

(三) 原告は、学校から帰宅するために本件道路に走行している際に本件事故に遭遇したものである。原告は、本件道路が渋滞であつたことから、第一、第二車線に渋滞する車両の間を通過して進行しようと考え、本件事故直前は時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で走行していたところ、左前方に停止していた加害車の運転席ドアが開いたため、急制動措置をとる間もなく、ハンドル操作で避けようとしたものの、原告の左膝が同ドアに当たり、その結果バランスを失い、訴外車の左側面に被害車とともに衝突するに至つたものである。

(四) 第一、第二車線の各車両の横の間隔は、車両の大きさや走行位置によつて多少とも異なるが、本件においては、本件事故発生時点における第一車線中加害車の右側に残された幅員は〇・七メートル、第二車線中訴外車の左側に残された幅員は〇・五メートルである(甲一五の3)ことからすると、第一、第二車線で渋滞する各車両の横の間隔は、概ね二メートル程度の広いものから一メートル程度の狭いものまであつたと推認することができる(甲三六、三七の各写真)。

以上の事実を総合すると、被告亀井が運転席ドアを開くに当たつては、ドアミラーのみならず、直接肉眼によつて右後方を振り向いて交通状況を確認した上で行うべきであるにもかかわらず、これを懈怠したことが本件事故の大きな発生要因となつたことはいうまでもない。

2  原告の過失責任と過失相殺割合

他方、原告は、前記のような第一、第二車線上に渋滞する車両の横を通り抜けようとしたものであるが、原告のような自動二輪車の走行態様は、一般に、渋滞する車両群を抜け出し、第一又は第二車線上の前後する車両の間隔を見つけて割り込む意図のもとになされると考えられるところ、かかる走行態様は、右車両の間隔に割り込む以前の段階では未だ道交法三二条に違反したとまではいうことができないとしても、車両通行帯が、車線区分を行うことによつて道路を走行する車両が先後の順序に従つて進行し、もつて安全かつ円滑な交通秩序を実現しようと企図していると考えられること、車両群の横の間隔(本件では第一、第二車線の各車両の横の間隔)が通常さほど広くなく、それゆえ、車両の間を縫うように走らざるを得ず、度重なる進路変更をせざるを得なくなるのが一般的であること(道交法二六条の二第一項)に照らすと、自動二輪車による原告の前記のような走行は、車線に沿つて順次進行する車両にとつて極めて危険なものとなることは明らかであるから、このような走行態様をとる自動二輪車については、周囲の交通事情に即した的確な運転行為をなしていないとの観点から、相当程度の過失相殺を行うのが合理的であるというべきである。しかも、自動二輪車が通常横から受ける力に対しては極めて弱く横転する危険性が高いことに加え、本件では、本件事故現場付近における加害車と訴外車との横の間隔が前記のとおり極めて狭小であつたことからすると、その走行速度は制限速度の範囲内である時速約二〇ないし三〇キロメートルであつたとしても、何らかの交通事情の異変が起こつた場合にはすぐさま停止し得る程度の速度とはいうことができないことをも勘案すると、被告の前記過失の内容や程度に照らしてみても、なお、原告には三五パーセントの過失相殺を行うのが相当である。

二  原告の損害

1  治療費(争いがない) 二四〇万五一八五円

2  入院雑費(同右) 六万九六〇〇円

3  休業損害(同右) 三八万二八七二円

4  物損(同右) 二六万円

5  文書料 二〇六〇円

甲一八によれば、原告が診断書料として前記金額を支出したことが認められるが、それ以上の支出については、これを認めるに足りる証拠はない。

6  交通費 二万〇〇五〇円

甲一九によれば、原告の請求に係る交通費(三万〇三六〇円)は、病院と学校、自宅と学校、自宅と病院のそれぞれ往復のためのものであると認められるところ、自宅と学校との往復は、本件事故の存否に係わらず通学費用として費消されることが予定されるものであり、また、その行き来のためにバスを利用し得るのに(バスの回数券及び定期券を購入し、その費用も損害として請求する。)タクシーをあえて使用し得る必要性を裏付ける具体的事情が認められない以上、本件事故との相当因果関係を直ちに認めることはできないから、これに係る費用相当分(九月一九日ないし二二日、二五日、二六日、二八日、二九日、一〇月七日の各タクシー代計七二五〇円、バス回数券及び定期代金七七六〇円。合計一万五〇一〇円)を控除した一万五三五〇円が本件事故と相当因果関係を認め得る損害というべきところ、被告らは、二万〇〇五〇円の限度で認めているので、同金額をもつて損害と認める。

7  謝礼 認めない

医師、看護婦による診療に対しては、既に診療報酬という形でその対価が支払われているのであつて、それとは別途、医師らの治療ないし看護労働に対する対価として謝礼を支払うべき特段の事情が認められない本件においては、右謝礼額をもつて損害と認めることはできない。

8  逸失利益 六七一万六三八八円

(一) 基礎収入について

前記認定事実、甲三六、四一の1ないし7、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後の平成二年四月に東京都立赤羽高等職業技術専門校を卒業して栗原工業株式会社(以下「栗原工業」という。)に就職したこと、平成二年の収入は二〇〇万三四三八円、症状固定日(四月三日)の属する平成三年のそれは四〇八万四九八六円、平成四年のそれは四八一万五八二六円であり、徐々に増加する傾向にあること、初期の収入は東京の会社に就職した友人らに比べて少ないものの、栗原工業での研修期間中は時間的ゆとりがあつたゆえに一種電気工事士の資格を取得し得たのであり、必ずしも初期の収入が原告に不利益に働いたわけではないこと、栗原工業での給与はいわゆる年功序列形態による昇給制度があり、同社に在籍していれば、原告はそれに沿つた給与を取得し得たであろうこと、原告が栗原工業を退職するに至つたのは、自らの夢である自営を実現したいという要素もあつたが、足の後遺症による作業遂行の困難さや高齢でも現場に出なければならないこと等を心配したゆえのことであること、栗原工業を退職後就職したトランス・インターナシヨナルでの収入は四〇〇万円程度であつたこと、原告は同社の将来性と自立支援に消極的であることを理由に仲間と自営で電気工事等を請け負つて仕事をしていること、そこでは、仕事先から一人日当一万六〇〇〇円を受領していることが認められる。以上の事実からすると、原告の後遺症による逸失利益を算定するための基礎収入としては、原告の今後の収入が上昇していく蓋然性が高いことを斟酌し、症状固定日の属する平成三年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子平均年収である五三三万六一〇〇円をもつてするのが相当である。

(二) 労働能力喪失状態の有無と喪失率について

前記争いのない事実、前記認定事実、甲一〇、二三、三五、四三、原告本人尋問の結果によれば、原告には、左膝、右膝関節の痛み、左膝の麻痺やそれによる歩行障害、両足の瘢痕の後遺症が残存していること、それについて原告は後遺障害一二級の認定を受けていることが認められるが、他方、平成四年の年収が症状固定した平成三年の年収を大幅に上回つていること、現在の自営業の売上の算定に当たつては用いられる日当一万六〇〇〇円は原告自身にも適用されていること、同金額は、一般的・平均的な相場であり、他の作業員に対する日当も同額であると推認されること、原告の自営業の平成七年度の売上は前年度のそれに比べて約五〇パーセントも上昇していること、もつとも、その仕事に当たつては足の状況次第で休むこともあることが認められ、以上の事実を総合すると、原告は、自身の能力や努力に負うところは少なくないものの、一般の労働者とほぼ同程度の評価を受け得る程度の労働能力を発揮し、その対価たる報酬を受けていることが認められる。以上によれば、同人が後遺障害一二級の認定を受けているとはいつても、その認定は一般的類型的な観点による抽象的評価に過ぎず、前記事実が認定し得る本件においては、原告は同業の一般労働者と同程度の労働をなし得る能力を有していることが認められるのであり、かえつて、一四パーセントの労働能力喪失率を原告に適用することは実情に即さないといわなければならない。もつとも、原告がその労働遂行に当たつて足の後遺症による痛み等を有しており、そのため足の不具合によつて休む場合もあるという実情を考慮して、労働能力喪失率については、右認定に係る割合に照らして控えめな七パーセントをもつて相当と認める。但し、前記のとおり、一般的な同業者と同程度の対価を得るほどにまでになつている実情は、専ら原告の勉強や仕事に対する特段の努力によるものであるから、これについては、別途慰謝料として評価することとする。

(三) 労働能力喪失期間

甲二四、二五によれば、原告の後遺症は将来にわたつて残存することが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(四) まとめ

以上によれば、原告の逸失利益は、以下のとおり算定できる。

五三三万六一〇〇円×〇・〇七×一七・九八一=六七一万六三八八円

9  入通院慰謝料 一七五万円

原告の受傷部位、程度のほか、就学又は就業のために原告自身が特段の努力を尽くしてきたこと、その他弁論に顕れた諸事情を勘案して、一七五万円をもつて相当と認める。

10  後遺症慰謝料 三五〇万円

原告の後遺症の内容、程度のほか、後遺症が残存しつつも原告自身の特段の努力によつて一般的な同業者と同程度の対価を得るくらいまで自身の労働能力を回復したこと、その他弁論に顕れた諸事情を勘案して、三五〇万円をもつて相当と認める。

11  小計 一五一〇万六一五五円

以上を合計すると、一五一〇万六一五五円となる。

三  被告会社の損害

1  加害車の修理代金 一二万〇七八一円

乙一の1ないし3により認める。

2  休車損 認めない

加害車の修理によつて一定期間加害車を使用し得ず、それゆえに同車を稼働させることによつて得べかりし収入があつたであろうことは窺えるが、これを明確に認定するに足りる証拠がない。

3  訴外車損傷に対する損害賠償金 一三万四〇〇三円

乙二により認める。

4  小計 二五万四七八四円

以上を合計すると、前記金額となる。

四  結論

1  原告の前記損害額一五一〇万六一五五円を前記認定に係る過失相殺を行うと九八一万九〇〇〇円となり、既払金二四〇万五一八五円を控除すると、七四一万三八一五円となる。本件における相当な弁護士費用としては、七四万円をもつて相当と認めるから、これを加算すると、原告の損害額は八一五万三八一五円となる。

2  被告の前記損害額二五万四七八四円に前記認定に係る過失相殺を行うと八万九一七四円となる。

(裁判官 渡邉和義)

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